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「JUKIさん待ってるよ!」 の声に励まされて完成 JUKIがスカートファスナー付機AZS-270を苦心の末に発売したのは1988年12月。女子学生服を専門に手がけていた(株)ユニオンさんの導入が1990年。 「女子服のスカートの脇のファスナー付けは、ベテランしかできない難しい工程でした。どうしても仕上がりがきれいにならず、生産性も上がらない。何とかしないと、と思っていたところに、いいミシンがあると聞いて迷わずに導入しました。先代の時代です」と同社代表取締役の植野哲司さん。 「このミシンは、1984年に名古屋で開かれた第1回JIAM展で、試作品を展示したのですが、その後、本格的に開発に取り組んでみると予想以上に大変で、何度も止めようかという話が出ました。それくらい難しかったのです。しかも、国内と海外では、スカートのファスナー付けはやり方が違うので、開発しても国内しか販売できない、予想される販売数も少なかったのですが、営業担当者からは会うたびに『お客さんから"あのスカートファスナー付けミシンはまだ?"と聞かれるので早くして』といわれる。 その声に押されて完成させることができました。それだけに、20年たってもまだ現役で使われているなんてうれしいですね」と当時、開発を担当したJUKI(株)営業推進部販売支援課長の飛田茂。大変だっただけに、懐かしさもひとしおのようだ。 4社が合同で立ち上げた(株)ユニオン 女子学生服はイージーオーダーの世界 (株)ユニオンさんの創業は1970年(昭和45年)。大阪・阿倍野で女子学生服を手がけていた先代が中心になって、自営業を営む4社が合同して立ち上げた。ユニオンという名前は4社の協調のシンボルでもある。 「元々、4社とも家内工業的に同じメーカーさんの女子学生服の仕事をしていたのですが、それぞれ担当アイテムが違う。時代が変わって家内工業では限界もあり、合同することで規模仕事の幅も広げたい、そんなねらいから設立されたようです」と植野さん。 設立後、会社は順調に成長し、いまでは社員60名、上着、セーラー服で4万着、スカート6万本を生産する有力な工場である。 中高生の制服は1980年頃以降、それまでの標準服から学校ごとの別注に変わった。かつては量産の代表だった学生服は、個性化が進み、いまやイージーオーダーの世界である。「1学年160人の生徒がいると、その中で女子は半分の80名、これを10サイズで展開しますと1サイズ8着です。しかも、入学が決まるのが3月ですから、それから受注して4月の入学式に間に合わせないといけない。特別な寸法も多く、まさにイージーオーダーの世界。生地も常備しておかなければ…」(植野さん)というすさまじい状態なのである。 そんな中で、AZS-270は「ネックだった難作業を解消し、個性化、短納期化に向けて生産性を高めてくれる貴重な戦力でした」と工場長の三浦さん。 同社は現在こうした小ロット化のなかで、プリーツセット真空釜、2台の自動裁断機(積層裁断機/1枚裁断機)などを導入して短納期化を実現しており、高い信頼性で業界をリードするTOP企業に成長している。 いまだから話せる ―開発秘話 多くの女子学生服工場で愛用された同機だが、開発は容易ではなかった。困難さから、何度か挫折しかけてもいる。開発の難しさの一端をご紹介しよう。 (1) 一部手作業を残す 課題の1つは、左右ともカーブしている身頃を直線のファスナーに縫い付けること。完全自動化を狙い試作・失敗を繰り返したが、どうしても不可能。結局は2枚の定規を使用して、手作業で身頃を直線状にセットする、手作業+自動を採用した。このアイデアで、機構が単純になり、コストも安く、故障要因も減らせ、サイクルタイムも短縮化できた。 (2) ゲージの簡易着脱と自動判定 スカートのファスナー付け仕様には右側、左側、背中心の3種類と開き/長さの組み合わせがあり、設定変更が不可欠。試行錯誤の末に、工具を使用しないでゲージ交換できるような機構を編み出し、ゲージはねじ付のつまみで簡単に着脱できるようにした。これで仕様変更は30秒以下で可能になった。 (3)フラップ返し 脇ファスナーの縫製は、左右の身頃が2mmほど重なるようになっているため、縫製の際には上側の身頃をめくって縫う。この機構も、いろいろと試めした結果、最終的には、針のすぐ後ろ側で「フラップ返し」と呼ぶ細い棒状の部材が身頃をめくる機構にして解決した。 (4) ファスナー仕様の変更 それまで、いろいろなファスナーが使われていたが、機械化するために規格を統一。縫製の際に、針との干渉を避けるため、必要長さより、2cm長いファスナーを使用して、縫製後に余った部分を切断するようにした。これは、市場から抵抗が大きいと心配したが、予想よりスムーズに市場に受け入れられた。 同機は発売後、国内のスカート工場にほぼ行きつくした人気機種だったが、飛田は、完成させるとすぐにアメリカに転勤し、国内での販売状況を知らなかった。「いまでも稼働率40%」(三浦工場長)と聞いて「こんなにきれいに使っていただいて、元気なわが子を見るようでうれしい」と飛田。 女子学生服業界は、個性化が進むなかで、短納期化が求められ、大きく変わろうとしている。「そのためには、ユーザーである学校と作り手がもっと情報を交換する必要がありますね。協力することでメリットは大きいはず」と植野社長、三浦工場長は口をそろえる。 今後の大きな課題といえよう。 |
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