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アパレル工場の“マイスター”たち
事例6
三ツ巻押え一筋に60年――“これは私の天命”
電話相談だけで最適な押えを作り出すスーパー技
 
有限会社大堀製作所 代表
吉田大作さん
有限会社大堀製作所代表 吉田大作さん
“三ツ巻押え”作りは
天命


 縫製工場をやっている人たちに使われているアタッチメントは何かと聞けば、「大堀の三ツ巻押え」という回答が、多くの票を集めるはずである。この三ツ巻押えがない工場を探すほうが難しいだろう。それほど、この治具はアパレル工場の人たちに愛用され、縫製工場の苦境を救ってきた。
 かつてシャツが日本にとってもっとも重要な輸出商品だった30-40年代から、多様化が進み斬新なデザインのシャツが市場にあふれる現在まで、シャツ作りにとって裾巻き工程の重要さは変わらない。いや、逆に、デザインが多様化すればするほど、独自の裾巻き治具への要望が高くなる。
 納期・品質が厳しくなる工場にとっても、1つの治具の有無が品質・生産性を大きく左右する。難作業の工程を、救世主のごとくたちどころに平易な工程に変える魔法の杖……それが大堀の三ツ巻押えである。


ユーザーのノウハウを
知って作る


 では、なぜ大堀の三ツ巻押えの評判が良いのか?その秘訣を同社社長の吉田大作さんは「大堀の押えは、素材に焼きを入れていません。だからセットして使えば使うほど、縫いの状況に合わせて変形してくる。そして、使っているうちにぴったり合うようになってきます。この点が他社の押えと違う」とおっしゃるが、人気の秘訣はそれだけではない。シャツやアパレル以外にも、洋傘、ハンカチーフ……と三ツ巻押えの用途は多い。そうしたものに対応した押えを自在に作る技術は、並大抵のものではない。
 大阪・河内長野市の住宅街にある大堀製作所で三ツ巻押えを作る吉田大作さんは、昭和5年生まれで、今年76歳。まだまだ元気だ。今でも、少なくなったベルト駆動の小型旋盤を巧みに操って、みごとな三ツ巻押えを作り上げるる、吉田さんの人生は、三ツ巻押え一筋の人生でもあった。


「三ツ巻押え作りは“私の天命”」
電話相談だけで作る--最適な押え


 「三ツ巻押え作りは、私にとって天命と思っています」とおっしゃるが、学校卒業以来、60 年間を三ツ巻押えに関わってきた。
 「私の父は明治28年生まれで、私が生まれた昭和5年に大堀製作所を創業し、三ツ巻押えを作り始めました。戦後、兄も父と一緒に三ツ巻押えを作り始め、私は学校を出ると、中島ミシンに勤め、そこで、父が作った押えを販売しました。そして、昭和45 年に父が死に、兄が病気になったことから工場を手伝い始め、兄が死んで、私が工場を引き継ぐことになりました」と吉田さん。
 三ツ巻押えの販売に25年、加工に35年。販売でユーザーを回ったことが、押え作りにも大いに生きる。困った工場主から電話で頼み込まれて、話しを聞いただけで押えを作ってしまう……というスーパー匠技の持ち主でもある。
 課題は後継者。「センスも必要なので難しいんですね」とおっしゃるが、アパレル工場のためにも、育てて欲しい。

有限会社大堀製作所代表 吉田大作さん
“三ツ巻押え”作り
ベルト駆動小型旋盤
“三ツ巻押え”作り
マイスターの道具箱

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