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アパレル工場の“マイスター”たち
事例1
街の伝統行事“夜高行灯”で学んだ立体裁断
スポーツウエア開発に新しいジャンルを切り開く
 
株式会社ゴールドウインテクニカルセンター 商研開発統括
沼田喜四司さん
株式会社ゴールドウインテクニカルセンター商研開発統括沼田喜四司さん
「脇身がある!」
立体裁断との出会い


 昭和41年(1966 年)、沼田さんは設備の専門家として当時野球のストッキングや登山用ソックス、トレーニングウェア、スキーセーターなどを手がけていたゴールドウイン社に入社した。
 昭和47年の札幌オリンピックを控えて、日本がスキーブームに沸いていたさなかである。そして昭和44 年、フランスのフザルプ社と提携し、スキーウエアを作ることになった。
 「編機のメンテナンスを手がけ、機械製図が出来るということで、パターン作りの担当に私が選ばれたんです。当初はどうしたらいいか、本当に迷いました」と沼田さん。
 「フザルプ社のパターンを日本人にあわせて起こしなおさなければならないのですが、フザルプ社のパターンを見ると、前身・後ろ身のほかに脇身がついている。こんなパターンは見たいこともない……それが立体裁断で作られたウエアだったのですね」。
 当時日本では平面でパターンを起こしていたが、フザルプ社をはじめヨーロッパでは立体裁断が常識になっていたのである。


立体裁断の基本は、
夜高行灯の竹組み


 それから沼田さんの苦闘が続く。日本でも立体裁断が言われ始めていたが、ほとんど服作りの専門家が担当し、機械出身者はゼロ。しかし、そんなハンデも沼田さんには苦にならない。
 「フザルプ社の担当者と何度も打合せして勉強させてもらいました。そのたびに、“立体で捉えなさい!”と言われました」。
 ところがあるとき、沼田さんはふと気づいた。「絵を見て立体をイメージするって、これは、夜高行灯の行灯作りと同じじゃないか!」。ワイヤーフレームの考え方そのものである。
 地元の行事、竹と紙で大きな行灯を作り、夜の街を練り歩く夜高行灯は、沼田さんが大好きで、行灯作りを毎年担当してきた。「絵を見て立体に竹を組む。それって、得意じゃん!
 そう思ったら、立体裁断が急に身近なものになりました」と沼田さん。


極限での衣料作りで
冒険家を支援


 沼田さんはこうして同社でスキーウエアの開発を手がけるが、スポーツウエアメーカーとしては最後発でスタートしたスキーウエアは、着心地が評価されて3年目にはトップブランドに。人間の身体について研究し、動きやすさを追求してきた沼田さんのパターンが高く評価されたのである。
 その後、沼田さんのパターン技術は多くの冒険家にも愛用される。登山家の長谷川恒夫、ヨットの白石康次郎、そしてエベレスト登頂を成功させた三浦雄一郎……。極限に挑む冒険家は最適な衣料を求めて沼田さんにたどり着く。生きるか死ぬか。命をかけた闘いは、沼田さんにとっても真剣勝負だ。
 強度テストを繰り返し、これなら万全……と手渡すが、彼らが帰るまでは不安だという。
 立体裁断の仕事を始めて約35年、平成18 年度には、「現代の名工」に選ばれるがご本人は、「まだまだ究められていない」という。いま、宇宙船内活動服の開発にも参加している。

スポーツ衣料開発の専門家として委託された介護支援衣料や冒険家の衣料、宇宙作業服などの開発に携わる一方、後進の指導にも力を入れる。
スポーツ衣料開発の専門家として委託された介護支援衣料や冒険家の衣料、宇宙作業服などの開発に携わる一方、後進の指導にも力を入れる。
スポーツ衣料開発の専門家として委託された介護支援衣料や冒険家の衣料、宇宙作業服などの開発に携わる一方、後進の指導にも力を入れる。
マイスターの道具箱

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