JUKI Magazine PageNavigation

JUKI Magazine Contents

アパレル工場の“マイスター”たち
高度な技で自在に生み出す美しいシルエットは
ものづくり技能の結晶、アパレル工場の“顔”である
服作りの技能というと、どうしてもテーラーやアトリエ……でのオーダー服作り技能を思い浮かべる。
が、どっこい流れ作業を行っているアパレル工場にも、“ここぞ”というときには、
“どうしてもこの人でなければ”というマイスター技(わざ)を持った人がいる。
そんなアパレル工場を支える、“マイスター技”を持った人たちを訪ねてみた。
ズボンに四年、
上着で五年


 桃栗三年、柿八年、柚子の大馬鹿十八年……という言葉がある。木を植えてから実がなるまでの年月をあらわすものだ。同じように、職人として自立するまでの修業の長さを言い表すことばがいくつかある。かつては、職人になるためには、何年間かの「丁稚奉公」と呼ばれる修業時代を過ごすのが慣わしだったが、その間の修業の大切さや心がけを巧みに表現したことばである。
 元大田区の町工場で働く旋盤工で、作家として知られる小関智弘さんが描く職人たちの世界は、多くの人から共感されているが、その小関さんの最新刊に「職人ことばの『技と粋』」(東京書籍)がある。
 なかで数字のつく職人言葉がいくつか紹介されている。
 「ズボンに四年、上着で五年」もそのうちの一つだ。これは紳士服の仕立て職人の世界のことばだという。
 「ズボンも最初の一年はポケットだけ、それからズボンをすべて仕立てるのに三年だそうです。次に上着の修業が五年。冬のコートなども仕立てられるようになるまでにはやはり、十年は必要ということです」。
これは、工場ではなくテーラーでの修業にまつわるものだが、ほかにも、「運針一年、袖一年」という和裁の話も紹介されている。


奥深い
プロの世界


 大工の世界で使われる、「穴掘り三年、鋸五年、墨かけ八年、研ぎ一生」なども紹介されている。穴掘り……とは、ノミを使ってホゾ穴を掘ること。鋸8年は、のこぎりの目立てを行えるようになる年月、墨かけとは墨壷を使って柱や板に罫引き線を入れることで、この線に従って板材を切断・加工するので、墨かけの工程がいい加減に行われると家は出来ない。墨付け作業が寸分の狂いなくできるようになるには八年ほどが必要だが、自分の道具の研ぎを極めようとすれば、それには一生かかってもまだまだ……というわけである。

・店番一年、あひる一年
  ……洋菓子作りの修業は最初の店番を1年、次に食器洗いを1年経験するという
・水まき三年、根まわし二年
  ……造園技術者は、水まきに3年、移植するための根回しを覚えるには2年が必要という
・竹割十年
  ……竹細工師になるために、竹割を覚えるのに10年かかるという
・糊十年、染十年
  ……染色を行うには糊作りに10年、その後、染を覚えるのに10年が必要という

……などなど数字が使われた職人ことばはたくさんあるが、こうしたことばの多くは修業にはじっくりと取り組めという“戒め”である。
 戒めが多いということは、これはとりもなおさず、その作業がいかに予想を超えた困難さを伴っているかを示しているといえるだろう。


品質・コストを決める
試作力


 こうした職人のもつ技能は、機械化とともに大きく変化してきた。
 かつては、ギルドの世界で手作りされてきた多くの商品が、機械によって作られるようになり、ライン化したことで、人間の作業は機械のオペレーションへと移っていった。かつて求められた匠の技は、治具などを活用して標準化された、だれにでもできる技能にまとめられ、それはやがて機械に取り込まれて人から離れていった。
 機械化された工場に、匠の技は不必要……そんな意見さえ聞かれることも多い。
 アパレルの世界でも工場での服作りには高度な技能は不要、設備を使いこなす技能さえあれば十分……という声も聞く。
 設備技術が飛躍的に向上したいま、良い設備を使うことでそれまで作業者によってバラバラだった縫製作業は標準的な作業にかわり、安定した商品を作り出すことが出来るようになった。しかし、実はまだ、工場での服作りには“匠の技”が不可欠なのだ。それは、サンプル作りの世界……である。
 自動車産業はいまや日本を代表する産業である。日本が優位に立っている要因の一つが、商品企画から量産までの開発期間の速さと商品の品質の高さである。自動車は量産ラインで作られるものだが、高品質で物を作り続ける量産ラインの背景に、商品開発の際の試作作業の質の高さとスピードがあることは言うまでもない。この試作段階で、どれだけ商品とその作り方を検討できるかによって、製品の機能・品質・コスト・生産性がきまる。
 モノづくりのスタート地点であるが、この試作工程が、アパレルで言えば、サンプル作り工程である。


どっこい、生きている
アパレル工場のマイスター技(わざ)


 アパレルで匠の技というと、オーダーの服作りを考える人が多いが、どっこい量産工場でも、匠の技を持っている人が多い。他の産業と比べて、それが評価されないのが不思議なくらいだが、どこの工場でも、サンプル作りはこの人……といわれる人がいる。彼らの持つ技能は、まさに“匠の技”と呼ぶにふさわしい。
 工場にとって始めてのデザインであろうと、新しい素材であろうと、デザイナーの意図をくみ取り、工場のラインの技術レベル、場合によっては一人ひとりの顔を思い浮かべながら、設備を考えて、どのように作ったら、良い製品が早く安くできるかを考える。
 工場で作られる商品の品質はもちろん、その製品を作ることでどのくらいの利益が生まれるか……このことを決定するのが、サンプル作りであり、つまりは工場の経営を左右する重要な工程なのである。
 本号では、そうした工場のモノづくりと経営の原動力とも言うべきマイスター技をご紹介したい。出来れば、工場でサンプル作りを担当するすべての方にご登場いただきたいが、残念ながら紙面の都合で、その何万分の一の方しかご紹介できない。


6人の
マイスターたち


 ご登場いただくのは、以下の6人の方である。

(1) ゴールドウインテクニカルセンター パターン作り 沼田喜四司さん
(2) 三和ドレス 縫製加工 水野礼子さん
(3) 洋装店 縫製加工 藤ノ木里美さん
(4) アットモアーズ ニット縫製 有賀義満さん
(5) パワー 刺繍加工 井橋由美子さん
(6) 大堀製作所 三ツ巻押え製作 吉田大作さん

 最初の沼田さんは、パターン作りの第一人者である。
 登山などの極限状態で着用する衣類の開発のプロとして数々の冒険を支えてきた。水野さん、藤ノ木さんはサンプル作りと同時に若手の育成でも力を発揮する。有賀さんはニット製品のサンプル作り一筋に、東京都からマイスターを贈られている。また、井橋さんは見事な刺繍の技で衣料品を飾る熟達の匠である。
 最後の吉田さんは、縫製工場で使う三ツ巻押えの製作者である。ミシンや素材、デザインに合わせて自在に最適な三ツ巻押さえを作り上げる。多くの工場が大堀さんの技術に助けられ難問を解決してきた。
 工場には工場の顔がある。その顔を生み出す原動力となっているこうしたマイスターたちは、もっと高く評価されてもよいのではないかと思う。近い将来、モノづくりが見直されて、彼らが高く評価されるような時代が来ることを信じたい。
アパレル工場の“マイスター”たち
アパレル工場の“マイスター”たち
アパレル工場の“マイスター”たち
アパレル工場の“マイスター”たち
アパレル工場の“マイスター”たち
アパレル工場の“マイスター”たち

JUKI Magazine PageNavigation