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| ナイトウエアから オーダーのフラダンス衣装生産へ 「アパレル生産工場はコストの安いところを狙って中国に移動してしまいました。私も一時は中国で生産しようと思いましたが、国内でもできることはないかと考え、小売りに直結し、量販という形ではなく、むしろ、趣味性の高いものがいい……と考えました。が、名案はありません。そんなときに、あるきっかけからフラダンスの衣装をカスタムオーダーとして直接消費者に販売するという考えが生まれたのです。やってみると、需要はある。そこで、ショップもつくり現在に至っている……という状態です。季節変動も少なく受注があり助かっていますが、最近は既製品を作る会社も増えて、競争が激しくなってきていますね」とおっしゃるのはハワイアン・ダンスの衣装をオーダーで手がけ、倍々ゲームで生産量を増やしているパンドール山路(株)代表取締役山路幹司社長。 同社はもともと昭和37年にナイトウエアを生産する会社として大阪で創業した。業務の拡大とともに、岡山に進出し、一時は、従業員70名でフル生産するような時期もあった。しかしながら、平成時代に入ると次第に実用衣料が中国へ行くようになり、人員も削減し……という状態が続いた。 そんなとき、フラダンスを習っていた先代社長の奥さん、つまり現社長の母が、体型に合った衣装が無いと嘆くのを聞き、これは商売になるかもしれないと市場を研究してみた。すると、出来合いはあっても中高齢者には体型が合いにくいことが判明、オーダーならばいける……と手がけ始めたのがきっかけだ。 見えない油の飛沫が飛んでいる “無給油”が作業者の不安を除く 「ナイトウエアからフラダンスの衣装への転換ですから最初は戸惑いました。ハワイに出かけて勉強したりして、少しずつ技術を身につけてきた。一時ウエディングドレスを手がけていたことがあるのも、役立ちました」と岡山工場の松場武幸工場長。 しかも、同社はあくまでもオーダーにこだわる。既製品では体型に合いにくい中高年層がフラダンス・ファンに多いからだ。こだわりのファンに同社のオーダー策はぴったりはまった。 「フラダンスの雑誌で広告を打つなどPRも積極的にしました。 著名なサニーチン率いるダンスチームへの衣装の提供で、2005年度の本場ハワイでのフラダンス世界大会Merrie Monarch Festivalでは、ミス・アロハNo.1を獲得する」(山路幹司さん)、などパンドールの衣装は一躍、世界で知られるようになり、パンドールの衣装付ハワイアンツアーなども生まれている。 「ダンス衣装は美しく見られることが使命ですから、汚れは厳禁で、品質は厳しい。見えていないけれど、工業用ミシンはテーブルの上には細かな油の飛沫が飛び散ります。何とかならないかと、一時は家庭用ミシンなどを導入しましたが、スピードも遅く、解決にならない。そんなときに、JUKIの無給油ミシンがあることを知って、さっそく購入しました。オペレータは、これで、安心して作業できるようになりました」と工場長の松葉武幸さん。 競合に勝つため新しいデザインを投入 汚れなし……は大きな効果 フラダンスの人気が上がってくるにしたがって、競合会社も増えてきたが、同社は倍々ゲームで受注が増えている。その理由は、やはり、デザインと品質。 「当社では15名のデザイナーが大阪・心斎橋、東京・恵比寿の店でお客さんの声を聞いていますが 、デザインをコピーされるケースが増えています。対策としては、新デザインの投入と品質。 買い手にとっては届いた製品がすべてですから、汚れなど不良があっては口コミですぐに広がり、命取りです」と松葉工場長。 現場を預かる黒澤好子さんも「ベテランも、作業をしながらいつも、油汚れを気にしていました。汚れると新しいものを作らなければならないので、いまは安心して仕事ができます」という。 DDL-9000Dは、頭部にオイルが使われていないので注油や釜の油量調整も必要なく、メンテナンスも楽。しかも、従来の本縫ミシンより1サイズ大きなハイロングアーム頭部を使用しているので、フトコロが広くなり、大きなダンス衣装の取り回しがしやすくなって、作業性が向上。同社にとっては、一石二鳥の設備導入であった。
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