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| 月曜日に受注して、金曜日に出荷 創業は1990年とアパレル工場としては比較的新しい。当初は企画が主だったが、“アパレルは製造が基本、自社で作らないと状況が分からない”と製造を始めた。後発だけに先人の知恵を十分に吸収して、新しい発想でアパレルのモノづくりに取り組む。元気な新しいタイプのアパレル工場である。 アイテムはジャケットが中心だが、難しいものを手がけることが多い。そのために工夫が必要だが、そこは企画を手がけていた強み。「段取りや加工法を工夫して、採算に合わない仕事を見事に採算に載せる」(小寺ミシン商会小寺功一さん)。強さの秘訣は柔軟な発想と設備を活用したものづくりにある。 ブランドは、CECIL McBEE、スマート・ピンク、Boysなどだが、「国内は、売り場のフォロー生産です。月曜日に受注して週末に納品しますので、そのために何でもできるように必要な設備は導入しています。それも難しい仕事をやさしくこなす重要な強みの一つになる」と池田宜隆さん。 中国工場を活用する“コツ”……は、 競争させることで努力を促す 同社は中国でも生産を行い、3つの工場で約1,000人のラインを借りている。 「中国工場の設備は部分的に日本工場よりもいいものが入っていますし、品質も良くなってきています。しかし、生産量は日本の工場のほうがいい。中国で作るとジャケットは1人一日4枚くらいしか出来ませんが、日本で作ると7枚はできる。それだけ技術が違うということですね」(池田さん)。 ご自身ユニフォームの企画もやっていて、いわばアパレルだが、在庫はゼロ。国内工場も仕事は増えそうだが、これ以上は大きくしないという。国内で大きくして体制を維持するのは難しい……ということのようだ。 今後の期待は中国。中国でうまく生産するコツは3つの工場を競争させること。無条件で発注はしない。その危機感で工場が努力するようになるとのこと。今後は、杭州のラビットの皮革を使った商品を作る予定」とか。期待したい。
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| 仕事は若い2代目同士で広がる 「先代が創業したのは昭和48年、ちょうどオイルショックの年で、それまで景気の良かったアパレル工場はとたんに景気が悪くなった。仕事はそれ以来ですから、いい思いをしたことがありません」と笑うのは安藤ミシン商会の2人の経営者、安藤博之さんと直樹さん。31歳と29歳のご兄弟で、平成9年からの息の合ったコンビぶりは、御付き合いの縫製工場の社長さんからの評価も高い。 「仕事は忙しいです」とおっしゃるが、縫製工場の2代目の若い経営者の方々も、同じように若い感覚を持ったミシン屋さんを好むことから、自然と元気な工場とのお付き合いが増えるため。上り坂だから、仕事が忙しいというわけである。 ホームページが大活躍 忙しい理由はもう一つ。3年前から始めたホームページ。縫製の豆知識もあってなかなか便利と評判だ。博之さんの担当だが、ミシンの価格を明記し、また小物やパーツも掲載していることから、全国から注文が来る。家庭用の古い足踏みミシンのベルトの注文も多く、これまでに少なくとも100本は売っているという。埼玉県の75歳の方が、50年間使用した愛用のミシンのベルトが切れて困っていた所、安藤ミシン商会さんのホームページを知ってミシンがよみがえった。不思議なことに自分も元気になった……という記事も新聞で紹介された。 特殊なミシンが必要な工程を引き受ける 「景気に左右されるミシン販売だけでなく、もう一つ事業を、と始めたのが縫製です。ただ、工場さんが困っている工程を引き受けるということで始めましたので、穴かがり、ボタン付け、大きなサイズの閂止め……などの工程を引き受けています」と博之さん。 最近、受けた仕事で、白い難素材があり、油汚れが厳禁……ということで、ドライヘッドの本縫いを導入した。縫製作業は、お母さんや奥さん方の担当。工場はそのままお客さんに見てもらう展示室に活用できるところがメリットでもある。 カタログ、ホームページとしっかり営業アイテムをそろえた同社がいそがしいというのもうなづける。
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