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アパレル/産学連携の進め方
<特集:アパレル/産学連携の進め方>


すすむ“感性工学”を生かした
 信州大学繊維学部の産学連携


  
~感性を数値化することで、快適性や清涼感を評価する~


 アパレルの分野で産学連携が軌道に乗ってきた。メーカーが独自の商品を開発しようというときに求められるのが、商品の持つ独自性や機能の科学的な証明。どのくらい快適なのかを数値化できれば、商品のアピールにもなり、開発にも弾みがつく。
  こんな商品作りを強力にサポートするのが、信州大学繊維学部感性工学科の技術である。


成果が生まれ始めた産学連携


5年ほど前から、新しい事業推進のあり方として、大学の研究成果を民間企業が活用したり、あるいは民間企業が持っている課題に対して大学が解決のサポートをする……産学連携が盛んに行われている。

 この背景には、地域活性化の一つの方策として大学の研究機関が生み出す新しい産業のシーズを地域の企業に提供したいという国や地方自治体の思いがあり、現在、多くの自治体で産学連携の技術開発や新事業開発への助成も行われていることがある。

  そして、平成10年8月に「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律」(いわゆる「大学等技術移転促進法」)が施行され、この流れに弾みがついた。

  この法律に基づいて各大学に技術移転機関(TLO)が設置され、大学等の研究成果の特許化や産業界への移転の仲介が積極的に行われるようになったのである。

  そしてここ1、2年具体的な成果も生まれ始めている。たとえば、国立大学等における民間企業等との共同研究の実施件数は、平成15年度は8,023件、公私立大学等をあわせた共同研究件数は9,255件に上っている。


成功する産学連携への秘訣
具体的なテーマを明確に示す



  しかしながら、産学連携が必ずしも順調に展開されているわけではない。大学や研究機関が集中している東京都などの例にみても、大学の研究機関の共同研究や受託研究、企業からの助成金などの実績は、

年度 相談件数 成約件数
平成12年度 205 3
平成13年度 207 17
平成14年度 269 22


……という具合で、成約率は10%以下。産学連携の成果が上がっているといっても、実はそれほど簡単ではないのである。

  ではどのように進めれば産学連携は成功するのか。信州大学繊維学部感性工学科の事例をいくつかご紹介するが、ポイントは、連携先・研究機関に、 ①具体的なテーマを提示し、 ②求めるものを明確に示すことである。

  何か商品開発に使えそうな新しいネタはないか……そんな大雑把な問いかけでは、受ける側も応えにくい。研究機関は特定の分野の専門家である、よろずビジネス相談ではないのである。

  では、どのようなケースで成功しているのか。信州大学感性工学科の例でみると、環境に優しい植物といわれるケナフの素材を活用したシャツや、快適なソックス、ブラジャー、靴などの開発にあたって、シャツやソックスの清涼感、快適さを測定して欲しいという依頼への協力で成功している。こうしたケースに、感性工学科の快適性に対する評価技術などが活用されているのである。


<感性工学とは>
人のこころが喜ぶ「感性価値」を追求


信州大学繊維学部感性工学科学科長清水義雄教授
  以下でご紹介するのは、信州大学繊維学部感性工学科の事例であるが、感性工学とは何かについて、同学科の学科長清水義雄教授は、「人のこころが喜ぶ“感性価値”の創造を追求する」学問だという。

  わかりやすく言えば、2つのものが触れれば両者の間で摩擦が起こる。摩擦を少なくするためには、お互いが持っているものを理解して、摩擦を生んでいる要因を取り除いてあげればいい。感性工学とは、摩擦の状態を数値で把握して評価し、いかに摩擦を少なくするかを研究する学問で、人間にとっては、心理的・生理的に快適性を高めるために、どうしたらよいか……などを追求する学問である。

  「感性工学というのはコミュニケーションのやり取り、対話型のインタラクティブな活動を通して創造していくもので、作り手と使い手をつなぐ重要なものです。だから、対話そのものがデザインであり、感性工学の商品なのです」と清水先生。

  現在、具体的に進められている企業との連携は20数件。繊維・アパレル関連分野が半分で、「一つのテーマが終わると、その延長で新たなテーマが生まれて、連携が続くケースが多い」と高寺政行教授も言う。


●産学連携3つのケース

  これらの連携が進められるケースは、
・大学内にあるTLOへ企業から相談が持ち込まれるもの
・学会等での研究者の発表に関心を持った企業から直接その先生に相談があるもの
・大学での研究テーマとして関連領域の実務的な実験やサンプル等が必要になり企業に働きかけて実現するもの
……などさまざまなようだ。

  実際に研究成果を元に商品化され、既に市場に投入されている商品も多数あり、大きな成果を生んでいる。それらの一部をご紹介しよう。



ケナフシャツ <ケナフ混紡シャツの利点>
清涼感の測定・評価法を確立



 フレックスジャパン(株)が、地球に優しい素材としてケナフを混紡したシャツを開発した。

 ケナフの素材としての開発は東洋紡が担当した。しかし、エコロジーだけでは商品のアピール力が弱い。

 何か他に特徴はないかと検討したところ、麻に似たケナフ混紡シャツは従来のT/C混のシャツに比べて清涼感があるのではないかということになり、感性工学科にケナフ混シャツの着心地、快適性の評価をして欲しいとの依頼があった。

上條正義助教授
  ケナフとはアオイ科フヨウ(英名:ハイビスカス)属の一年草。1年で3~4mと成長が早いので二酸化炭素の吸収が普通の植物より多い(赤松の数倍)。地球温暖化防止に役立つとされ、最近では紙の原料としても利用されている。

 そこで、上條正義助教授を中心に、清涼感を数字で表す測定技術の開発が進められ、その結果、麻に似たケナフ混のシャツはT/C混に比べて、約2倍の吸湿性、透湿性がある」という結果がでた。下図はその商品である。

 商品広告などでデータを提示して、<当社調べ>と説明されている例をよく見るが、当社調べではデータの信憑性は弱い。その点、国立大学の研究室での調査データならば、消費者の信頼度は高い。

 現在、ケナフ混シャツは20%の混紡で商品化され、フレックスジャパン(株)から販売されて話題になっている。



歩き方の科学から生まれる
ソックスの快適性


自律神経活動における生理ストレスの評価
  もう一つ、すでに商品として販売されているものに、タケダ・レッグウエア(株)のソックスがある。ビジネスマンは終日、靴を履いており、暑い季節になれば、靴の中で足は汗をかき疲れる。しかも通気性が悪いとムレる。

  そこで、快適に過ごせるソックスはないのかという疑問から、タケダ・レッグウエア社の依頼で同学科の細谷聡助手を中心に始められたのが、ソックスの快適性の研究である。

  ソックスの快適性で問題になるのは、ソックスが足にフィットしているかどうか、通気性はどうかの2つの要素である。
細谷聡助手
  「人間は本来、はだしで歩くことがもっとも自然なのですが、ソックスは足を包んで拘束します。特に甲の部分や指が拘束されることによって、歩き方も不自然になり、そのために足の筋肉を余分に使わせ、動作にムダを発生させて、疲労を促進します。

  また、押さえつけることで血流を悪くし、疲労の回復を遅らせることになります」(細谷さん)。

  その上に通気性の問題があり、これらを解決するソックスとして開発されたのが、左右の足の形に合わせ、しかも足への圧力が均一になるように部分的に編み方を変えたソックスである。



シート状センサーの開発
足の形に合わせたソックス


快適なソックス  普通のソックスは、足が入る部分は丸い筒型だが、このソックスは足裏部と甲の部分では長さが異なる。つまり足の形に合わせて作られているのである。

  かかとの部分もしっかりとつけられており、履くと見事に足にフィットする。圧迫感がなく、履いていることを忘れそうなソックスだ。

  このソックスはグッドデザイン賞を獲得し、さらに発展的なバリエーションとして五本指のソックスも作られている。

  こうしたソックスが開発されるために、足の各部分にかかる圧力を測定することが必要だ。これまでのセンサーでは厚みがあり、ソックスと足のわずかな隙間に入れて圧を測定することは不可能だった。このために新しい測定技術が開発されたが、それがシート状の超薄型のセンサーである。センサーで知られるニッタ(株)で開発されたものだ。

  この一連の測定技術を応用して、幼児用の靴の開発なども行われている。はだしに近い歩き方ができる靴の開発がテーマである。

  幼児期の歩き方はきわめて重要で、フィットしない靴を履いているとおかしな歩き方の癖がついてしまう。これが成人してまでも影響して疲労が蓄積したり、また体の他の部分に悪影響を及ぼしたりするケースも少なくないのだ。


“美しくみえる“を科学する
理想的なパンストを求めて


  このほかにも、足を美しく見せるために、パンティ・ストッキングの素材に何を使い、どこをどのようなデザイン、構造にすればよいか……データを取って実際に検証することで、理想的なパンティ・ストッキングを作るプログラムも進められている。

  糸の織り構造から太さ、ふくらはぎや足首の太さにあわせた編目の密度、色、透過性……など、さまざまな要素が絡み合って、見た目の美しさを構成していると思われるが、それらも要因を一つ一つ評価しながら理想の姿を解明していく。

  単に美しく感じるかどうかの官能的な要素だけでなく、血流なども含めた生理的な履き心地も考慮に入れる必要があり、それを解明するためにはきわめて複雑な体系になってくる。
いい笑顔……の研究なども進められ、興味深いデータ

広がる感性工学科の応用分野



  これらの産学連携は成果も生まれ、非常にうまく進められているが、前述したように、相談はしたが連携までいたらなかったというケースも多い。

  産学連携を成功に進めるためには条件があると書いたが、これは連携を持ちかける側、つまり企業側の問題が大きい。成功へのポイントは、あくまでも“具体的なテーマを持って相談すること”である。

  マスから“個”へと消費者の志向も変わっているいま、“個”の感性にフィットした商品開発が求められる。そんな時代の流れを具体的な商品開発という形で先取りしてきた感性工学。快適さ……という感性のなかに潜む心理と生理を科学的に研究する貴重な領域として、さまざまな分野で活用されるのではないだろうか。

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