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REPORT[マザー工場]
 
インクジェット・プリンタでニットに新風を吹き込み、
手づくりオリジナル製品で欧米への進出を進める。
 
㈱吉村ニット   代表取締役 吉村 康行さん
 先が見えないといわれるニット製品業界だが、作り方次第で可能性は大きい。インクジェット・プリンタを活用したオリジナルの1品生産で欧米への進出を進める同社のケースを紹介。


祖父から3代続くニット専業
生き残りは変革を続けた結果

 「私が入社したころは、祖父が創業した会社を父が継ぎ、泉大津のニッター屋さんから島精機の初期の機械を預けられ、賃加工をしていました。そんなときに、父は思い切って丸編のコンピュータの機械を5台入れ、賃加工をするようになりました。まだコンピュータが一般的ではない時代です。そのために私が島精機さんに長期講習を受けに行きました」と吉村ニット代表取締役吉村康行さん。昭和63年のことである。

 もともと横編を主力にする会社だったので、「私は横編を手伝いながら、2年ほど丸編の賃加工を行なっていました。そのうちに“賃加工をいつまでやっていても飯は食っていけない”と思い、父親に、“製品をやりたい!”と話し、横編のセーターで東京の小さなカジュアル・ブランドの仕事を手がけるようになりました」(同)。

 縫製、リンキングの経験がないので、縫製工場に依頼するが、納品した商品が“袖が通らない”“頭が入らない“と戻ってきたり……と大苦戦。しかし、アパレルの理解もあって改善を施すと、その後は急激に仕事が増える。「いま思うとあれが、バブルやったんでしょうね」と感慨深げに吉村さん。

(株)吉村ニット:工場 (株)吉村ニット:工場1階  
1階に編機やプリンタなどが置かれている(株)吉村ニットの工場。   工場の1階には横編、丸編の機械が並んでいる。  


インクジェット・プリンタと衝撃の出会い

 そんなときに、“ちょっとお前に見せたいものがある。CDのジャケットを持って付いて来い”と父に言われ、東京に連れて行かれて見せられたのがインクジェット・プリンタ。

 「パソコンでジャケットをなにやらやっているとプリンタから柄がそのまま印刷されて出てくる。“いったいこれは何や!”と驚いた。『ええやろ!』『すごいな、これは!』というと、『これ買うわ!』と言う。びっくりした。インクジェット・プリンタがまだ一般的ではない、そんな時期です。衝撃的でした」と吉村さん。高価な新製品に投資することを決断したお父さんは、ニット業界と同社の今の姿を想像していたのかもしれない。

 商品づくりをはじめると、得意先からは、“座布団みたいな商品いつまでも作っていたらアカン!”といわれて、デザインやパターン、縫製、アイロンに本格的に取り組む。4,5年前から横編だけではダメになる……とカットソーもはじめ、サンプル作りも95%を自社で手がけるようになる。

 現在は、編たて3名、パターン・サンプル作りが2名、プリント3名のほかに、生産が中国人を含めて4名、その他にパート数名でこなす。



独自ブランド〔Yoshi Yoshi〕を開発

 いま、同社が手がけているのは、カットソー、ニット、カットソー+ニットの組合せでその上からインクジェット・プリンタで加工する商品の企画・生産。デザインは落ち着いたものからPOPな感覚の商品まで自在だ。生産(縫製)はほとんどが協力工場だ。

 写真のように、綿のガーゼの上にニットをつけて、ポケットもニット、ニットも変形編みで目が増減、伏せ目なのでロックで縫っているわけではない。組み立てた製品を折り曲げて上から吹きつけのインクジェットでプリントする。一品生産である。ここまで手が込んでいるとどこも敬遠するが、それが吉村ニットでは当たり前にできるのである。この一品手作り感覚の独自のブランド、〔Yoshi Yoshi〕も立ち上げた。ブランドのタグも、手作りを生かして、すべて手書きである。

(株)吉村ニット:インクジェット・プリンタ (株)吉村ニット:蒸し工程  
インクジェット・プリンタはフル稼働である。手作り感覚の一品生産で、オリジナルデザインが付加価値をつけている。   プリンタ工程は、そのあとの蒸し工程などがあって始めて成り立つ。  


アメリカ市場で高い評価を受ける

 昨年から1年間、ニッター仲間から誘われて半分ブース代を出すという約束でニューヨークの展示会に商品を出展した。「千数百ブースがあり、ない商品はないというほどの規模の中でうちのようなものはなかった。予想を超える高い評価を受け」(吉村さん)、代理店も2社が決まり、いよいよ輸出も本格化する。うまくいけば〔Yoshi Yoshi〕で前売り上げの50%をめざす。

  「アメリカでは結論が早い。これまでなかった商品ということで、インパクトがあったと思います。120~170ドルの出し値(上代は3~4万円くらい)で出しましたが、自動車をはじめ、“日本の商品はいいもの”……という認識があり、いい商品と認められれば、価格は関係なく買ってくれる。イタリアのバイヤーからも取引したいと申し出をいただきました。ユーロ建てで輸出します」と吉村さん。

  こう書くと、大変なサクセス・ストーリーのようだが、ご本人には、さんざん試行錯誤を繰り返した結果だ……といわれるかもしれない。成功の要因は、当初祖父が始めた腹巻作りから、丸編のコンピュータ機械を導入した賃加工へ、そしてオリジナル製品作りへの挑戦、インクジェット・プリンタの採用、カットソーへの進出……と常に新しいことを目指して変革を続けてきた、そこにあるように思える。

㈱吉村ニット 代表取締役 吉村康行さん
「アメリカ市場も、輸出の時間がかかるだけでシーズンは基本的に日本と同じ、レディースとメンズを輸出します。楽しみです」と代表取締役の吉村康行さん。

ブランドタグ
Yoshi Yoshiブランドのタグ。手書きで作ることで、手作り感覚を強調している。

(株)吉村ニットの製品

(株)吉村ニットの製品

(株)吉村ニットの製品

(株)吉村ニットの製品
同社の製品は、いずれもオリジナルなデザインに特徴がある。落ち着いたものからポップなデザインまで、知恵と工夫の結晶である。



㈱吉村ニット
岐阜県本巣郡下真桑大門前
設立:昭和61年
社長:吉村康行
従業員数:14名
生産品:横編、カットソーなど

 

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