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TOPインタビュー
目標は、常に2段階先を走ること。
トップメーカーとお付き合いすることで
トップの技術が得られる
 
Hempel中国有限公司   董事長 高志偉さん
インタビュアー   JUKI代表取締役会長
        山岡建夫
Hempel中国有限公司  董事長 高志偉さん、JUKI代表取締役会長 山岡建夫
10年前にわずか80人ではじめた縫製工場が、3,000人の会社に成長し、さらに2004年には3,000人の工場を目指して工事が進められている。ブラウス1着3,000元(約4万円)という高品質の婦人服作りで急成長する漢帛(ヘンペル)の高董事長を弊社山岡会長が訪ね、お話しを伺った。

国際化を目指して社名を変更有名ブランドのOEM生産も

山岡 高さんの会社は以前にも拝見していますが、工場がきれいになっているのでびっくりしました。事務所等も工場も立派な建物ですね。中にある展示室も、お店のように作られていて見事です。工場でも、非常に高いグレードの婦人服を作っていらっしゃることにも驚きました。以前うかがった当時は、たしかフイリー(匯麗)というお名前でした。変更されたのはどんな理由からですか?

 最近、ビジネスの面で国際化が進み、以前の名前では交渉もなかなか進みにくい点がありました。そこで、創立10周年を迎えた2002年に、名前をヘンペル(漢帛)中国有限公司と替えました。

山岡 国際化……と言われると具体的にはどのようなことですか?

 会社そのものが、縫製関係だけで3,000人の規模になりましたし、香港で百貨店を経営し、2004年の3月に正式オープンすることになっています。ここでは、有名ブランドを販売しようと思っています。その一環として、2003年8月にはカルバン・クラインとも契約し、2004年から生産を始める予定です。

山岡 カルバン・クラインが契約したというのは、ニューヨークのファッションニュースにも報じられていましたね。この記事を私も拝見して、高さんはいい仕事をされたなあ……と喜んでおりましたが、先方の方は工場を見にきましたか?

 はい、2度見にきました。

山岡 驚いたでしょうね。建物があまりにきれいで、工場の品質も高い……恐らく想像とはるかに違って、驚いたと思いますよ。

 そうですね。そのほかにもSPAのサラ(ZARA)やいくつかのアメリカメーカーのブランドとも、中国国内で販売する製品は漢帛が加工を行う契約を締結しました。  2004年からは、パンツ、シャツ、ジャケットなど専用ラインを1本設置して生産を始める予定です。いずれは、店舗を開いて販売し、売れ行きによってラインを増設しようと思っています。

山岡 中国はアパレルが盛んですが、まだ、有名ブランド品のOEM生産というのは少ないのではありませんか?

 おっしゃるように少ないですね。中国の縫製工場は両極に分かれていまして、量産を求める方向と、高品質化を目指す方向ですが、特に婦人服では、有名ブランドのOEMはほとんどありません。それだけに、市場も生産領域も潜在力は非常に大きいと思います。 山岡 OEM生産を行うためには高い技術力が必要ですが、高さんの工場はその最先端を走っているんですね。

アトリウム
展示室
広々として静かなアトリウム。竹が植えられている。
  事務等にある展示室は、専門店の店内そのままのレイアウト・内装で商品を見ることができるようになっている。

創立10年で25倍に成長ブラウス3,000元、コート4,000元

山岡 一般的には中国で生産すれば安価に作れるというのが世界の常識ですが、高さんのところは、ブラウスで1着3,000元(約4万円)、コートで4,000元(5万5千円)といった高級な製品を作っていらっしゃる。しかもデザインは、縫い目を生かしたようなデザインもされている。センスがいいので驚きました。

 専門店や中国でも一番高級なところに商品を出しています。こうした技術を見て、カルバン・クラインやサラなどがOEM生産の契約をしてくれるのだと思います。

山岡 ところで、御社は92年に創立されて、わずか10年で3000人の規模の会社に成長されました。高さんはアパレル工場を経営される前は何をされていらっしゃったんですか?

 この会社を経営する前は、わたしは紡績工場で仕事をしていました。当時、中国のミシンは家庭用が多くて、私が92年に縫製工場を創業した頃は、オペレーターはJUKIの工業用ミシンを使うことが出来ませんでした。私は婦人服を作るなら最高級な婦人服を作りたいと思いましたから、そのためには最高級のミシンを導入しようと決め、JUKIさんの工業用ミシンをどんどん導入していったのです。 この10年間で、中国の工業用ミシンも大きく発展しました。

山岡 最初から婦人服を作られたのですか?

 いえ、会社を創業した頃は紳士服と婦人服の両方をやっていましたが、96年に婦人服を専門にしました。生産枚数は、96年までは年間300万着くらいの規模でしたが、2002年には900万着に増え、2003年には1000万着を越えると思います。

山岡 そうして急激に大きくなるとオペレーターの教育や管理の仕組みが必要になると思います。 商品もただ作ればいいというわけではなくて、最高級の商品作りにはそれなりにオペレーターにも技術が必要になりますね。どんな風にされてこられたのですか?

 ゼロから育てるのでは間に合わないので、経験者を採用しますが、いいオペレーターがたくさんきてくれるんです。経験者が、“私も採用してくれ”と工場の門のところで待っているほどです。採用するときには、専門学校を卒業したか、経験者を採用しました。ほとんどの人材が専門学校卒業生ですね。設備や生産管理の専門家などもそうです。


最高の技術を得るために、最高の相手と組むことが必要

山岡 とはいえ、オペレーターもそれまでと違う高級な服を作るわけですから、そうした技術を身に付けることが必要でしょうし、何よりも会社自身が最高級品を作る技術を身に付けなければならないわけですね。何か秘訣はあるのですか?

 設備でも品質でも、最高の技術を身に付けるなら、世界中で一番先進的なメーカーと付き合うことが大切です。世界で最高の技術をもっているメーカーと付き合うことで、そうした企業がもっている最高の技術を知ることができるし、そうした技術を生み出してきた考え方ややり方を教えてもらうことができる。たとえば私の会社では、92年の設立時から、ミシンはJUKIを導入していましたし、現在約2000台のミシンはすべてJUKIの製品です。そして、2003年から2004年にかけて、99年以前のミシンはすべて新しいものに買い換える予定です。

山岡 すでに一部は発注いただいたそうですね。それはありがとうございます。でも、JUKIは漢帛さんに買っていただいているだけでなくほかの工場さんにもご購入いただいています。なぜ、漢帛さんの工場だけがそんなに成功されているのでしょうか?

 もう一つ言えるのは、私の目標が高いということもあるかもしれません。高い目標を設定していますのでそれを達成するためにはハードもソフトも一番いいものが必要です。  
  中国にミシンメーカーはたくさんありますが、設備の品質、アフターサービス、パーツの供給、技術指導……どれをとってもJUKIは、どのメーカーより優れています。また生産管理などの面でも随分教えていただきました。そうしたことが私たちの技術を向上させる大きな力になっているのです。  私がJUKIの設備にこだわって、新しい設備の導入に非常に積極的なのは、そういう理由からです。
  新しい技術をどんどん取り入れて、最高の婦人服を作りたいと思っているのです。本縫自動玉縁縫機APW-195を導入し、196が出ればすぐに買いますし、298が発売になれば買います。新しい設備を入れることでどこにも負けない新しい技術をもつことができるのです。やがては、中国だけでなく世界で一番いい商品を作りたいと思っていますから。
 ですから、JUKIさんでも、新しい設備が出来たら、すぐにご紹介いただきたいのです。開発の面でモデル工場としてお使いいただいてもいいと思っています。新しい製品のテストは喜んでさせていただきます。

山岡 分かりました。設備をよくすればいい仕事がくるとは限りませんが、設備が悪いところにいい仕事がこないことは間違いないですからね。


経営者の情熱が夢を実現させる

山岡 高さんを拝見していると、今のお話でもそうですが、非常に情熱を持っておられますね。そういう姿勢は社員に皆さんにも伝わるのでしょうね。デザイン室を拝見しましたが非常に斬新なデザインをされているし、オペレーターの皆さんの技術が非常に高い。やはり高さんのそうした姿勢が、よく浸透しているのではないかと思います。

 募集すれば社員がたくさん集まるといいましたが、当社では給料も他の工場に比べてずっと高いはずです。ですから、募集していなくても仕事をさせてくれとたくさんの経験者がきます。10人募集すると300人が応募してくる状態で入り口に行列ができます。また、社員のツテを頼って採用してほしいという人がたくさんきます。きれいな工場で高品質の商品を生産していますから、社員も誇りを持っていますし、この工場を辞めたくないと思っていますから、仕事を覚えるのも真剣です。

山岡 それと、私どもの生産管理セミナーなどを御社で企画すると、自分の会社の社員だけでなく、周辺の会社にも声をかけて参加を呼びかけますでしょう。立派ですね。こういうことをする人はいないですよ。

 会社がよくなるためには、自分のところだけでなく、周辺にある同業の工場が一緒によくならないとだめなんです。地域の企業がよくなれば、私の会社ももっと良くなると思っているんです。ですからできるだけ一緒に学んでいただこうと思いまして……。

山岡 工場を拝見するまえは、こんな高度な設備を使いこなせるのだろうかと心配もありましたが、工場では、全く問題なく生かしていらっしゃる。それと前回うかがったときに、高さんは竹を植えたいとおっしゃっていましたね。この事務棟の2階のアトリウムに見事に竹が根付いています。竹は地植えでないと難しいといわれているんですよね。それを高さんは根付かせてしまった。高さんには夢を実現させる独特のセンスがあるように思えます。

新工場パース1
新工場パース2
新工場のパース。一大ファクトリーパークである。


常に2段先を進みたい夢に近づく――新工場を建設

山岡 92年には80台のミシンで始められたそうですが、いま、ミシン80台の規模の工場もたくさんあると思います。10年後に2,000台の工場になるには、どんなアドバイスをされますか?

 難しいですね。いまは、出来ないでしょう。

山岡 では、当時80台だった工場はたくさんあったと思いますが、他の工場が成功されずに、なぜ、高さんが成功されたのですか? 改革解放以来チャンスはすべての経営者に平等にあったはずなのですが、どうして高さんは成功されたのでしょうか?

 難しいご質問ですが、そうですね、私は毎朝、散歩するという習慣を持っていまして、その途中で階段を上るのですが、そのときに“私の会社はいつも他の会社より2段上にいたい”と思っているのです。毎朝それを確認して、もし2段階上にいなければ、その日はさらに高い目標をイメージするようにしているのです。  品質や売上だけでなく、生産管理などの管理面でもそれを確認し、いつも2段階先頭にいるかどうかをチェックするのが習慣になっています。常に前向きにいれば、夢はいつかは実現します。

山岡 その夢ですが、工場を新しく作られるそうですね。この工場もまだ新しいので驚いているのですが……。

 2005年くらいまでに、近くに新しい工場を作る予定ですすめています。2、3年前までは全くゼロだったカジュアル系のジャケットなども、最近では生産枚数が200万着を越えるようになり、まだ増えそうです。2003年の当社の売上高は約8億元ですが、3~5年後には25億元を越えるのではないかと思います。工場も現在の2倍が必要になります。
  そこで、新しく作ることにしました。ビジネスセンター(事務棟)が14,000㎡で、工場のオペレーターが2,000人増えます。JUKIさんには、新工場用に自動機や専用機をどんどん推薦していただきたいと思っています。

山岡 高級費婦人服用に、最近オイルを使わない、ドライヘッドのミシンを開発し、シリーズ化しています。油汚れがなくなるので、婦人のランジェリーなどにはぴったりの商品で、御社のような高級品の縫製工場にも有効と思います。

 そうですか、それは楽しみですね。

山岡 次回うかがったときには新しい工場を拝見できることを楽しみにしています。ありがとうございました。

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