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座談会
現場管理者が語る
日本と中国――アパレル工場の共生と生き残りはどう可能か?
[出席者] FITIF.INTERNATIONAL.LTD工場管理補佐 牧野 純さん
東工コーセン㈱無錫駐在 西野 浩明さん
㈱幸和取締役 松原 宏さん
㈱ゴトウ代表取締役 後藤 健一さん
㈱ニュースタイル取締役 志田 崇さん
シーアイ繊維サービス㈱TOKレディスインナー 彦根 知明さん
[司会] JUKI㈱縫製研究所JUKIマガジン編集室 知久 幹夫
   
座談会 出席者の皆さん 座談会 出席者の皆さん

JUKI生産管理セミナーにご参加いただいた、日中の工場ので工場管理を担当されている方々に、それぞれの現場からみた日本と中国の工場の共生と生き残りの方向について、お話いただきました。

司会 最初に自己紹介と担当されているお仕事の内容をお話しいただけますか。

牧野 フィティフ・インターナショナル(香港)で、工場管理を担当しています。普段は中国の東莞(トンガン)の工場にいるのですが、今回は2年ぶりに帰国しました。300人くらいの工場です。

西野 東京市ケ谷にある東工コーセンという商社から出向で中国江蘇省無錫市のメンズシャツをメインとする縫製工場に行っております。まだ4ヶ月足らずで、事業部長が兼任で総経理をやっていますので、待遇としては副総経理ですがほとんど勉強です。

松原 福井の㈱幸和の松原で、ワコールさんの高級ランジェリーを縫製しています。分野としては生産管理ですが、最近は全般的にみられるようにと経理の指導も受けています。

後藤 ㈱ゴトウの後藤健一と申します。岐阜と大分に工場がありまして、30何年、ボトムばかりをやっています。

志田 福島の㈱ニュースタイルの志田崇と申します。会社は祖父の時代から巣鴨でやっていましたが、私が生まれた34年ほど前に、福島の青木に移りました。主に生産しているものは布帛で婦人ものジャケットが中心ですが、フルアイテムで、ボトム、ワンピースまでやっています。社員は80名程で中国人の実習生、研修生も受け入れています。私自身はずっと裁断をやっていたんですが、2003年3月から生産管理をはじめました。

彦根 伊藤忠の子会社CI繊維サービス㈱の彦根です。仕事は、伊藤忠の中でレディースのファンデーションOEMの生産管理と技術を担当しています。産地は100%東南アジアです。もともと、91年頃にベトナムのホーチミンで、何もないところに工場を立ち上げてランジェリーとショーツを作り始めたという歴史があり、いまはブラジャーを中国を主に、タイ・バンコクなどで作っています。今年は会社もファンデーションについて本格的にやっていきたいということで、ミシン、レイアウト……、と検討しているところです。現状は月に1回、1週間単位ほどで行ったりきたりしています。


■谷が深く、長くなった

司会 中国の工場は好況のようですが、皆さんの現場の状況はいかがでしょうか。

牧野 今年の上半期はSARSの影響で、例年の半分くらいの出荷高でしたが、今年下半期に入って、やっと新規のお客さんも工場に見学・ミーティングに来られて、逆に下半期は去年に比べてオーダーがたくさん入っています。うちの工場も1ヵ月半以上外出禁止、マスクは徹底させましたが、SARSの影響で廃業した工場も日系、台湾系、香港系と結構あります。中国が全部元気というわけではなくて、生き残る会社とそうでない会社がある。

松原 うちも中国で今年のキャンペーン商品を作っていたのですが、それができないという知らせがきて、上半期の予定が大幅に狂いました。それじゃ日本で増産しようと思っても、急にキャパを増やすのは無理です。

司会 中国人の研修生も来る時期に止められ、困ったという話しも聞いていますが……。

後藤 私の会社は研修生、実習生をいれて55~56名でやっています。以前はベトナム人でしたが、いまは中国人です。1年半ほど前から、メーカーさんから依頼されまして、月1回くらい中国に指導に出かけています。国内は、10年前に比べると仕事は6-7割くらいで、経費の見直しをしてもギリギリの状態です。これでも年間仕事が回っていけば苦しさも違うんですが、山谷が相当ありますから、ダブルパンチです。

司会 山谷はかなり大きな間隔でくる?

後藤 谷の部分が深くて長くなった(笑)。山の時はキャパが一杯で、どう工程を編成しても出来っこない。なんとか山谷を調整してなだらかにしたい気持ちでおるんですが。

司会 それは他の工場も同じですか?

志田 同じですね。今年の6月は経験した事のないほど仕事量は全然ない状態でしたから本当にひどかったと思います。福島県内の工場さんの話を聞いても、みなさん仕事をかき集めるのが大変だったみたいですね。5月頃に、SARSの影響で仕事をしてくれという話はあったのですが、中国の工賃で国内でやってくれということで、さすがにそれは出来ないので、うちでだったらこれくらでという提示をさせていただいたら、それっきりのケースもありました。

司会 そのあたりは、彦根さんのところは商社ということでいろいろおありだったのではと思いますが、いかがでしたか?


■のどもと過ぎれば……で、SARS問題は、再生の可能あり

彦根 実は伊藤忠のCIサービスでは私が第一号の10日間自宅待機だったんです。ちょうど厚生省が発表したその日に中国から帰ってきたら、“君、明日から10日間来なくていいから、その代わりメールと携帯電話を持っていなさい”と言われ、エライ目にあいました(笑)。SARSが怖いというよりも、そこそこ注文をいただいているだけに、得意先から取引停止になることが怖かったですね。私としては、5-6月は行きっぱなしでした。空港はかなりピリピリしていましたが、青島や厦門、広州などの街の雰囲気はSARSがどうだというイメージではなかったですね。ただ、中国人たちは、15秒間流しっぱなしの水に手を出して洗えって言われていたらしくて、彼らが手を一生懸命洗うようになったのは、SARSのおかげですね。逆にそれまでは食事の前にも手を洗わなかったということで……(笑)。

司会 で、心配されたSARSのゴタゴタはある程度解決したという判断ですか?

彦根 とりあえず夏は平気だと思うんですが、個人的には無くなったとは思っていません。50対50でまた起きるだろうと思っています。

司会 今回のSARS騒動で、産地をベトナムや他に移すという話はないですか?

彦根 売り先からはないです。

松原 日本に戻そうと思ってもできない。工場が各地にあっても、この工場は何が出来るけどこっちは出来ませんというようになっていて、出来る工場が限られてくる。技術、設備の面もありますし、難しいところです。

西野 現地の意識としては“喉もと過ぎれば……”で、大きな影響は無い(笑)。江蘇省全体では7人の患者が出てるんですが、無錫はオフィシャルな発表では一人も出てないこともあって無錫は安全だと胸を張る人もいる。僕も冬にまた出るだろうなと思っています。こんなことが2、3年続くと、生産拠点を移すという話が出るかもしれませんね。

彦根 私たちの場合、中国との取引を相当密にしたところがあったものですから、この程度で引いて相手との信頼関係を壊してどうするという気持ちが強かった。だから引くと言う意識はなかったですね。一つの教訓として、中国の中である地域に一極集中してしまうとリスクが大きいかなという気はします。

司会 日本で売られている商品を数でみると、海外製品が90%でその内の70-80%が中国製。国内製品は10%にすぎない。結局、中国で何かあったときのリスクをいかに分散するかという話ですね。対策として国内の生産は今後どうしたらいいかという点で何か考えられている事はありますか?
生産管理セミナーの風景01   生産管理セミナーの風景02
セミナーの中心は、モデル作業をケースに改善案を検討する。具体的な作業のヒントがたくさんある。
■中国は日本品質にすぐに追いつく

牧野 一般的に、日本の国内工場の生き残りにはQRで、小さいロットでも全スタイルできる体制作りが必要といわれています。品質の面では日本の工場の方がいいのですが、中国もいつまでもこのままではなくて高品質、小ロット、全スタイルで納期厳守という工場が急激に増えてきています。ですから、日本の工場は正直な話、どんどん厳しくなっていくのではないかと思います。

司会 QRという点では、輸出手続も簡素化されていますね。

牧野 それと、日本の技術者がかなり中国にきているんですね。名刺を交換して分かるのですが、日系だけでなく台湾系、香港系の工場でさえ日本人の技術者がいたりします。ですから、中国の工場も今後、大きく変わってくるのではないかなと思います。

松原 ぶっちゃけた話、縫製作業は日本人が1人でやるものを、向こうで5人も6人もかければできます。品質に関しても、5-6年後には肩を並べてくることは目に見えています。うちとしては、品質を売るのではなくて、技術を生かしてマザー工場として生き残る、つまり、技術を売っていこうということで、標準化、稼働分析を進めています。

後藤 私が感じるのは、中国の品質が悪いのは、それは技術的なことではなくて、解釈の違いだということです。たまたま日本人の指導者が入ると、きちんと解釈できるからいい商品ができる。日本人が1人でやるところを中間工程増やして3人でやれば出来るんですから、僕らは教えていても楽ですね。結局は、受け止め方の違いだろうと思う。 日本では年代の高い方が主力で、ほとんどの工場は研修生なしにはやっていけない。中国は若い人たちですから覚えるのも早いし、意欲も意気込みもぜんぜん違う。私の会社も、日本人が減ってきて研修生に頼らざるを得なくなってきました。


■QR・品質以外に優位性が必要!

司会 中国の人たちは、いまは、ロークラスから、ミドルクラスくらいまでを作る力があり、ハイクラスから上のTOPクラスの商品作りはまだ、という気がするんですが、どうなのでしょうか?

志田 ミドルクラスの商品は、すでに4、5年以上前から日本の工場が中国に出ているので、問題はない状態になっている。中国の力がどんどん上がってきているのは間違いなくて、それがうちの会社の仕事量とかに影響してきています。中国がどこまでいくのかと考えると、最終的には日本製が好きだとか、嗜好に行き着くと思います。国内で縫う理由として、品質や納期とは別なものがでてくるのではないかと思います。

彦根 いま実際には、ベトナムでも向こうの人たちの縫製・検査で、そのまま日本の市場に入れられています。問題は起きてないですね。QRでいうと、欠品は1週間で来ますし、通常は材料を送って1ヶ月以内で戻ってくる。だから下着なんかでいうと、多分上のクラスまでいっちゃうと思いますね。ただ、ブラジャーなんかは素材が中国では作れないものがまだある。日本のこの材料が欲しいという話は、ヨーロッパも含めて、たくさんあります。 それと、日本の工場で作る場合も、単なる質を上げるというレベルではなく、ある意味特許的なところまで特化したものがあれば、これは逆に中国へ輸出する手段が出てくる。今の日本は、周りを見てうちもダメかなと思ってしまう元気のなさの方が気になる。

松原 たしかに、日本の国内でしか出来ないって製品はあります。私たちはワコールさんの方針で、技術もすべてオープンにしてやらせなさいっていう指示が出ているのですが、うちにしかできないTOPの技術的なものもあって、それは出すわけにはいかない。

彦根 婦人のインナーとしてまだハイクラス商品まではいっていませんが、サンプルもやりますから、やろうと思えばできちゃう。

司会 例えばインナーなんかで、素材があって副素材もある、こっちから発注したら1週間くらいでできますか?

彦根 量にもよりますけどそれがルーチンになれば1週間であがりますね。

志田 それって、例えばサンプルなんかのOKも1週間の中で可能ですか。

彦根 行って帰える時間があり、企画書を出して作ってくださいって言われてからだと最短で2週間ですね。

志田 少ないロットでも大丈夫でしょうか。

彦根 それは工場の作り方ですね。アメリカ向けにやっているところは、最低でも10万枚と言いますけど、日本向けでは100枚単位がベースですから。

司会 問題は、日本で作るハイクラスの商品がどのくらいあるか、それで日本の工場が食べられるかということですね。そうなると、企画開発力とか服の顔といった数字で表せないものが求められることになる。

志田 これからまだ若い世代でアパレルをやっていきたいと思っている人たちもいますから、その人たちがやっていけるような状態をどうやって作れるのか、私としては答えはでていませんけれども。

司会 いまの女子高生たちでも洋服を作りたいと言う人はかなりいます。それはデザインを想定しているんですが、彼女たちは自分でも作りたい。聞いてみると、イタリア式のデザイナーと工場が組んで服を作るという状態なんですが、現実には日本はそうなっていない。その辺の仕組みの大きな転換も必要かなという気はしますね。
生産管理セミナーの風景03   生産管理セミナーの風景04
講義では品質・生産性のポイントを分かりやすく説明。

■日本の素材を中国で作り、世界に売りたい

司会 では最後に、みなさんそれぞれこれからこんな風にしていきたいという思いをお聞かせください。

牧野 いま、中国は一人っ子政策で子供にものすごい愛情をかけているんですね。子供のためなら、日本のベビーローションを中国製の3倍以上しても買う。自分のスーツを買うのは中国製の200元でも大きな買い物っていう気分なんですが、子供のものだと、ひと月の給料以上でも平気で払う。それで、うちの工場で企画・開発して子供の高級ブランドを立ち上げられればと思っています。

西野 私は、きめの細かい仕事がいつまでも続けられるような工場にしたいですね。いまは、100%の独占契約で日本の百貨店に並ぶ商品を作っていますが、売り先は限定しないで、臨機応変にやる。どんな注文でも、結構すぐ対応できるし、理路整然と説明すれば中国人も理解してくれますから。中国は非常に上り調子のイメージを持たれているんですけど、潰れているところもいっぱいあります。規模の拡大もあまり考えず、製品の品質を上げて、その次に目標をまた掲げたいなと思っています。当り前のことを当り前にやれるようにしたいです。

松原 私としては、技術的にオープンにしていく結果として、規模は小さくても企画チームとかデザインチームが固まってチーム単位で国内に残り、それがマザー工場になって、そこからいろんなところへ情報を発信していくようになればいいと思っています。

後藤 足元がぐらついているようでは先のレベルアップも考えられんということですから、とにかくいま、きちっとやっていける工場を作り直すということで、つぎのレベルアップが出来るようにしたいと思っています。

志田 今後というよりも、いま仕事自体が減っていますので、今の仕事や各取引先さんの希望に対して、それ以上のプラスのものを出せるように、品質、技術、納期を重点的にやっていきたいと思っています。

彦根 今後は、例えば、日本の素材を中国の工場で縫って、フランスに売るような、我われの企画を持って日本以外の国に売り込み、日本は売る国の1つという状態に早くしたいですね。他の国がやっていることで、我われに出来ないことはないと思っています。

司会 ありがとうございました。たいへんに貴重なご意見がたくさん出たんじゃないかと思います。














牧野純さん
FITIF.INTERNATIONAL.LTD工場管理補佐 牧野純さん

西野浩明さん
東工コーセン㈱無錫駐在 西野浩明さん

松原 宏さん
㈱幸和取締役 松原 宏さん

後藤健一さん
㈱ゴトウ代表取締役 後藤健一さん

志田 崇さん
㈱ニュースタイル取締役 志田 崇さん

彦根知明さん
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