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vol.217特集[中国トップインタビュー]
ヤンガー集団成長の基盤は“龍馬精神”、変化に対応し、
常に天を目指して、走り続ける
 
ヤンガー集団   董事長 李如成さん
インタビュアー   JUKI代表取締役会長・山岡建夫
ヤンガー董事長 李如成氏とJUKI会長 山岡建夫
jmの中国語版の創刊を記念して、中国アパレル業界のTOP企業であるヤンガー集団の董事長で、中国服装協会の副理事長でもある李如成氏に永年の友人でもある弊社会長山岡建夫が、お話を伺った。

アパレルは裁断の仕事からスタート 23年間で200倍の成長

山岡 中国の繊維産業は急速に発展してきました。特に、改革開放後は民間から経営のリーダーが生まれて産業界を引っ張ってこられました。李さんはその一人と思います。李さんがアパレル業界に入られたのは裁断のお仕事からと伺いましたが、いつ頃のことでしょうか?

 1980年です。文化大革命で農村に下放されていた私が、その期間が終わって戻る際に働く先として国から紹介された企業のひとつに、寧波にあった青春服装工場という郷鎮企業があり、私はそこで働くことを決めたのです。そこで、裁断の仕事から始めましたが、それがアパレル業界で仕事をした最初です。

山岡 裁断をされたということですが、縫製の方はされなかったのですか?(笑)

 縫製を勉強する機会がありませんでしたので、やりませんでした。ですので、残念ながら当時JUKIさんの設備を使わせていただくことはありませんでした(笑)。

山岡 それは残念でした(笑)。その工場はどのくらいの規模の会社だったのですか?

 110人ほどの、ボトムを作っている工場でした。

山岡 現在の従業員が全部で2万人ということですから、この23年間で約200倍の成長をされたということですね。裁断工からスタートされた李さんがその工場をいかにリードされてきたか、そのいきさつについては、すでに伝説のように語られていることを私もさざまな機会に拝見していますが、中国政府の改革開放政策以来、発展のチャンスは誰にでも均等にあったのですが、それを李さんはうまく生かしてこられたということですね。

 ありがとうございます。でもそれは私だけではなく、働いている人たち全員が力をあわせた結果でもあります。

山岡 現在は、数多くのアイテムを作られていますね。どのようにアイテムを増やしてこられたのですか。

 現在、私たちが扱っているのは、シャツ・紳士服・ジャケット・ボトム・ネクタイ・靴…などです。最初はボトムでしたが、83年にあるきっかけからシャツを作り始め、93年から紳士服を作り、ジャケットを作り、2003年から紡績を始め…という具合です。大きなアイテムは、10年おきに節目があったことになります。

山岡 どのくらいの量をお作りになっていらっしゃるのですか?

 色々ありますのでなかなか難しいのですが、たとえばシャツは、2002年度は枚数で2500万枚、そのうち1700万枚が輸出で800万枚が国内向けです。ただ、売上で見ると、逆転して、国内が60%で、輸出は40%です。


国内販売は3つの体制で直営店で需要を把握しフィードバック

山岡 これだけ急激に成長されると、そのコントロールがなかなか難しいと思いますが、アイテムの開発とか売上の目標などは、計画的に進めてこられたのですか?(笑)

 正直な話、95年まではとにかく会社として生き残ることしか考えられなかったので、計画作りをしている余裕がありませんでした。計画を作って運営することが出来るようになったのは、95年からです。それからは市場の動きによって多少の調整をしながら、5ヵ年計画で進めています。
 これまでも商品の開発などはプロジェクトで進めてきましたが、売上・利益率などの細かい数字は、市場の変化が分かりませんでしたので、なかなか計画を作ることが出来なかったのです。

山岡 アパレル製品は、寒いから着るというような機能と、ファッション・飾りとしての機能の両面がありますから、需要を正確に把握することは難しいですね。このネクタイも締めない方がずっと機能的ですが、飾りとして太さやデザインなど流行があります。
 これを正確に読むのは至難の業です。御社では市場の動きはどのように把握されていますか?

 直営の第一線の販売店を含めて関連会社が200社ほどあり、そうしたお店から情報が直接入るようになっていることと、専門家をイタリアやフランスの展示会に派遣して世界の動きをいち早く知るということをやっています。

山岡 なるほど、国内の販売体制は、直営店が中心ですか?

 国内の販売には3つの方法がありまして、45%は直営店、30%が専門店、残りの25%が代理店です。そうしたお店の情報を出来るだけ集めて商品開発やデザインに生かすような仕組みを作っています。
  具体的には、市場に合わせて迅速にデザインや生産を行うために、自社にデザインセンターをもっているだけでなく、同時に、現場にも開発部門を持っていて、そうした情報を生かすためにも、紳士服、シャツなどのメインの製品は、企画から生産までを、100%自社の集団内で行っています。


ほとんどの製品を自社生産 ねらいは100%の品質保証

山岡 アパレル業界では、自社で生産せずに他社に委託するケースもあるのですが、御社はほとんどの製品を自社でお作りになっていますね。これはやはり需要の変化に迅速に対応したいということですか?

 それもありますが、自社生産にこだわる理由はほかにも2つあります。
 一つは、顧客に対して品質を保証するためには、自分で作らないと責任を持てないからです。品質で問題が起これば、イメージにかかわります。非常に影響は大きいのです。それと2つめは、アパレル業界の競争が激しく、コスト的にも安定させるには、自社で生産するほうがいいという理由です。

山岡 確かに品質は重要ですね。お客様は、最初はデザインなどを気に入って商品を買ってくださいますが、品質が悪かったら2度目には買ってはくださらない。JUKIも長い間“品質第一”で徹底してやってきましたが、品質はどんなに注意しても100%ということはありません。
 問題が起こると営業の責任者が「申しわけありません」と飛んでいくのですが、一生懸命努力していると、「まあ、JUKIさんなら仕方がない」とおっしゃってくださる。ヤンガーさんも、品質第一ではよく知られていますね。

 メーカーというのは、成長しているときには製品の品質はすばらしいのです。それがいつのまにか品質が低下しているのに気がつかなくなるんです。それが致命傷になって市場からしっぺ返しを受けて会社がだめになってゆく。メーカーは常に品質第一を心がけなければならないんです。

山岡 自動車会社では製造ラインを止めるというのは、納期遅れや利益の喪失の点で、絶対に避けなければならないことなのですが、トヨタ自動車では60年代から、現場のライン長でも品質に問題を発見したらラインを止めることを認めていました。

 トヨタ自動車が世界的な企業に成長している理由がわかりますね。当社でも、品質管理は、現場の管理者から工程の担当者まで3段階のシステムが出来ています。裁断から縫製まで180項目以上のチェック項目があり、百条を越える品質検査細則が決められています。工程内では、次の工程が前工程の検査も担当していて、不良が発見されたら品質担当者はラインを止めることができるようになっています。

山岡 そういえば、御社のある社員は、全国優秀品質管理員として政府から表彰されているとか、御社のシャツが品評会で第1位になったら、第2位、第3位の商品を取り寄せて研究されたとか聞いたことがあります。そうした品質保証への努力が、結局はヤンガーさんの成長を支えているんですね。


地元への貢献は企業の役割

山岡 ところで、李さんは全人代の委員になられたり、企業家として地元の発展に貢献されたりしていますね。

 はい、でも地域への貢献ということでは、寄付などよりも重要なのは企業を続けることで継続して地域で雇用を確保すること、さらに税金を納めることです。税金だけでも年間、何億元かを納めています。

山岡 確かにおっしゃるとおりですね。私ひとつ、李さんで思い出すのは、3年前に伺ったときのことです。私は、李さんにお目にかかる前に、青島でアパレル業界の方々との会合に出たのですが、そのときに、一人の方が私に近づいてきました。
 「あなたはヤンガーの李さんをご存知か?」と聞くのです。私が「ええ、2,3日後にお会いする事になっていいます。すばらしい方ですよ」と申し上げると、その方は名刺を出されて「私は李さんという方は、遠くから拝見しただけですが、李さんを尊敬しています。私はまだ小さな会社を経営しているに過ぎませんが、李さんを目標にしてがんばっている経営者がいると言うことを李さんにお伝えください」と名刺を言付かりました。
 その名刺は、李さんにお渡ししましたが、そういう後輩の経営者の方の目標になるというのも、重要な貢献のひとつだと思います。(笑)

 そういうこともありましたね。思い出しました。うれしいことです。

ヤンガー集団 董事長 李如成氏 「事業の多角化は進めているが、本業は決してあいまいにしない」
李氏の経営者としての卓越した思想を示す言葉だ。


ヤンガーの精神は“龍馬精神” 4つの計画を進めたい

山岡 ところで、一度伺ってみたいと思っていることがあるのですが、実はヤンガーさんの会社のマークなのですが、どのような意味があるのでしょうか。

 これは専門家にお願いしてデザインしていただいたものです。これは中国の伝統的な文化と西洋の文化をとりいれて、国際化していくということを表したもので、“龍馬精神”をあらわしています。龍馬精神とは、ヤンガーの精神になっているもので、龍のように天に昇り、馬のように常に走り続ける……つまり、前に向かっていつも向上を続けようということを示したものです。

山岡 なるほど、龍は雲と雨で天に昇るといいますから、それを考えられたのかなと思っておりましたが、そうでしたか。確かに、前に向かって向上し続けるというのは、まさに変化に向かって進んでこられた、ヤンガーさんの精神を示していますね。
 最後ですが、ここまで色々と紆余曲折はおありになったと思いますが、李さん、ヤンガーさんとしては順調にこられていると思います。今後は、どのようなことをお考えですか?

 会社としては4つの方向を考えています。1つは紡績工場です。すでに2億元を投資し、4つの紡績工場を始めますがこれを成功させたい。2つめは、不動産業で、この分野にもっと力を入れて大きくしていきたい。3つ目は縫製工場を西部地区や北部の地方に生産工場を作りたいと思っています。4つめはブランド作りですね。いま、500店舗のチェーン店がありますのでブランドのイメージを拡大したいと思っています。

山岡 これまでやられたことは一つずつしっかりと確立されていますから、今後も成功されると確信しております。で、会社のお仕事は分かりますが、李さん個人はいかがですか?

 わたしは、60歳になったら、予定通り引退させていただけるように努力したいと思っています。それまであと、6,7年ですが、その間に新人を育成し、安心して定年を迎えたいと思っています。

山岡 私は、前からそれを聞いていた、あんまり賛成しかねるんですが……(笑)、60歳定年といっても、いまは昔と比べて10年若くなっています。ですから、まだ定年は早いのではないでしょうか。もっともっと、会社、業界のためにぜひがんばっていただきたいと思っております。本日はお忙しいところありがとうございました。




ヤンガー董事長 李如成氏とJUKI会長 山岡建夫
3年ぶりの再会で、3年前に撮影したのと同じ場所で記念撮影。
 
ヤンガー集団 董事長 李如成氏
1951年 生まれ
1981年 青春服装工場(寧波)
1983年 シャツづくりを開始
1986年 自社ブランド「北倫港」発売
1991年 第一回全国優秀企業家
1993年 ヤンガーグループが株式会社化
1998年 上海証券取引所に株式を上場

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