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わが社のモノ作り戦略 第10回

共栄 代表取締役 奥村 太朗氏
共栄 代表取締役
奥村 太朗氏
共栄
代表取締役 奥村 太朗氏

国内最大規模の婦人服工場グループ

 共栄衣料(東京、奥村隆一社長)グループは六工場・約六百三十人を擁する国内最大規模の婦人服生産企業で、山形県鶴岡市にある「共栄」がグループの中核工場である。JR鶴岡駅近くの工業団地にある同社は、セレクトショップ系、デザイナーブランド系をメーンにジャケット、コートなどを手掛けている。国内工場としての基盤を強化するため、「パターンと縫製のマッチング」を目指した取引先との取り組みを重視してきた。奥村社長の長男で共栄の社長を二〇〇九年八月に引き継いだ奥村太朗氏に現地でお話を聞いた。


パターンと縫製の相互理解で

本縫い自動玉縁縫い機「APW-896」
本縫い自動玉縁縫い機「APW-896」

1人で電子閂止め「LK-1901」と電子鳩目穴かがり「MEB-3200」を活用
1人で電子閂止め「LK-1901」と電子鳩目穴かがり「MEB-3200」を活用
―沿革からお聞かせ下さい。
 祖父(奥村知介会長)が明治時代に金沢で軍服を作っていたのが始まりで、その時期に東京に受注の事務所を設け、戦後、昭和二十六年に東京で再出発することになったわけです。当時は官庁関係の紳士服を受注し、また紡績メーカーと組んで「ミラノ・ダンディ」という今で言うファクトリーブランドを立ち上げ、コートを百貨店で販売したこともあったそうです。その後、アメリカ向けのメンズコートの輸出を手掛け、昭和四十年代前半に工場を東京から千葉県習志野市に移しましたが、対米向けの生産キャパの増強要請を受け、進出したのがこの鶴岡市です。それが昭和四十六年で、今年で四十一年目になります。ところがドルショックで再び内需に転換し、大手アパレルさんとの取引が始まりました。その頃はメンズでしたが、大きな転換のきっかけは、八〇年代にDCブームが巻き起こり、レディスのジャケットでメンズ仕立てができる工場の要望があったことで、そこからレディスの受注に乗り出し、今はほぼ一〇〇%レディスの生産になっています。共栄の現工場は道路の拡張のため二〇〇八年六月に建て替えました。

―現在のグループの概要は。
 東京の共栄衣料が営業全般と統括の役割を果たしていて、工場は鶴岡市に五工場と秋田県大館市に一工場あります。鶴岡市では共栄が二百十人、ミラノキングが百四十人、ミラノサンラインガーメントが百二十人、レディスニューモードが八十人、プログレーションが三十人です。ボトム生産のプログレーション以外の四工場はいずれもジャケット、コート、ワンピースを生産しています。また大館市にあるステラモードは四十人で、ワンピース、ブラウスを手掛けています。このほか東京にOEM(相手先ブランド生産)会社のT&Q(五人)があります。うちが得意なものはレディスのテーラードジャケットで、共栄では四ライン編成のうち三ラインがジャケット、もう一つがコートです。しかし、ジャケットの受注が年々減少し、その代わりコートが年間アイテムのように増えています。暖かいインナーが流行り、ジャケットを着てコートというスタイリングではなく、ニットを着て、その上にコートを羽織るようなファッションに変わっています。そのためにジャケットラインでもライナー付きトレンチやキルトのコートなどを手掛けています。それと今年もまさにそうでしたが、気候の変化で春と秋がほとんどなくなり、いきなり冬に入ってジャケットが飛んでコートになったりしています。素材ではカシミヤ関係が元々多いのですが、それ以外に合繊物が増えてきていますので難易度が確実に上がっていますね。

―共栄はグループの中で中核です。
 共栄はフラッグ工場ですが、ミラノキングも共栄から分社した会社ですから似ているところがあります。ミラノサンラインガーメメントを立ち上げた時も共栄からラインを移し、それを母体にして発展させていきました。ですから共栄のDNAというのが入っています。その中で創業の精神として大切にしていきたいと思っていることに、会長のこんな話があります。「一着売れたではなくて、お客様がもう一度このブランドを買いたいという気持ちになって、それで本当に売れたと言える」と。やはりそう思ってもらえるような品質を作り、そして追加が来るという管理、技術、生産性含めた工場作りをしていきたいと思っています。


ストーリー持ったモノ作りへ

―モノ作りの特徴はどこでしょうか。
 工場の中にサンプルを専門にするラインがありません。ラインのリーダーが袖や前身などのサブリーダーと一緒にサンプルを縫っています。量が多くなってくると、ラインのオペレーターにも縫わせます。だから量産ラインの現場でファーストサンプルからセカンドサンプル、先上げ、量産という流れをこなしていく形になります。サンプル専門ラインを設け、サンプルはきれいだったのにね、と言われることがないように、ラインでサンプルを流すことによって量産とサンプルの品質が基本的に変わらないようにしています。それと各パーツでサンプルを経験していきますので、量産に生かされやすいですね。各リーダーがサンプル段階で問題点を把握し、量産での対応策やミシン配置などを考えてもらうことにしています。その中で、我々営業とパターン担当の企画、そして縫製の部門がそれぞれ連携を取りながら分からないことは常に聞きながらやっています。聞きながらというのは、我々営業に対してもそうだし、取引先さんに対してもそうです。そうした取り組みによって、"パターンと縫製のマッチング"が確立できてきたと見ています。一方通行の仕事ではなく、量産に行くに従ってお互いに理解を深めながら、四ラインがある程度のスピード感を持って短サイクルで対応していける体制が出来上がっているところが強味と考えています。そのために男性管理者はもちろんですが、女性の現場リーダーたちも直接アパレルさんと顔を合わせて話ができるように、なるべく東京に出張させています。

グループのフラッグ工場である山形県鶴岡市にある「共栄」
グループのフラッグ工場である山形県鶴岡市にある「共栄」

各ラインで欠かせない機種になっている「AMB-289」
各ラインで欠かせない機種になっている「AMB-289」
―現場にお見えになるパタンナーさんもいらっしゃるそうですね。
 最近は一泊されて、商品の上がりをイチから最後まで見て、生地の縮率を話し合ったり、やり方をお互いに理解しあってやっていこうというパタンナーさんがいらっしゃいます。すごいです、そういうのは。我々の仕事は形がすべてを語ります。そこに辿り着くまでに何がいけなかったのかということを検証し続けることですが、それを現場で一緒にやることによって明確になり、次のステップにいけるわけです。実際にそういう例もありますし、そんな取り組みが非常に大切です。パターンや仕様書が電送されて来て、軽く電話してというやり取りでモノ作りをしていくのであれば、コストの高い日本でやる意味が薄れます。ですから、その先を行ったモノ作りのモデルを目指していけたらいいですね。

―技術の向上や継承についてはどんな取り組みを。
 リーマンショック以降ですが、外部から講師を招いて五、六月の閑散期を利用して勉強会を開いています。それは一人一人丸縫いをできるようにする研修で、ラインの中で自分たちのやっている工程の前後を理解してやってもらうような形にしたいんです。詰まっている工程や縫いづらい工程を担当している人の気持ちを分かったり、手伝えるようにして多能工を増やしていこうというのが目的です。研修効果は確実に現れてきました。我々が受注している商品は、ラペルでもテーラードだったりショールカラーやスタンドカラーだったり、日々変わることが珍しくないほどです。そうした型変わりへの対応力は以前に比べてずっと高まっています。もう一つは、縫製ラインの男性社員が保全を出来るように教育しています。地元にあるミシンディーラーさんの協力で本縫いミシン、ロックミシンなどのメンテナンスが出来るように育成してもらっています。保全の専門担当者は三人いますが、突然に問題が起きるのは現場なので、そんな時に心臓部分の縫製ラインだけでも自分たちで対応できるようにしておくためです。来年は消費税も上がる予定ですし、ちょうど一つの岐路ですから技術の体力だけは今のうちに付けておきたいと考えています。

―JUKIとの関係では。
 JUKIさんとのつながりは深いし、ドライヘッドダイレクトドライブタイプの本縫いミシンも一号機を発売後すぐに導入したほどです。また、那須研修センターで開いているマネジメントセミナーには二、三年前に続けて参加し、四人が受講しています。工場の中で仕事をしていると、体系立った勉強をすることがなかなか難しいんです。外部に行って、環境も変えて、缶詰で集中して勉強できるというのはJUKIさんのそのセミナーなんですね。やはり勉強してきた効果は出ていて、管理の仕方が変わってきました。具体的にどういう方法論で管理をしていかないといけないかを理解したようです。

―最後になりますが、三代目として今後の抱負をお聞かせ下さい。
 僕は今年三十七歳です。十一年前に父の仕事を手伝うと決めたときに、イタリアに行ってこいと言われ、ミラノにあるモデリスト養成のセコリ校に入り、卒業後も現地の日本の会社で経験を積ませてもらって、合わせて三年半滞在し、良い体験をさせてもらいました。現在は共栄衣料取締役としてグループの営業とともに、共栄の社長を務め、東京と鶴岡を行ったり来たりしています。国内の製造業全体は今、日本全国つらいのですが、女性が元気に安心して働ける職場作りを目指し、そのために高いモチベーションが持てる仕事に取り組んでいきたいと考えています。ですから、受注したものに対して、こういう背景のある仕事ですと説明するときがあります。日本でやっていますから、ストーリーを持ったモノ作りをしていきたいと常々考えています。
JUKIは世界のアパレル生産を全力でサポートします
高速電子単糸環縫い根巻きボタン付けミシン「AMB-289」を3台導入


薄地でも高品質を実現

 共栄の縫製現場では、JUKIの高速電子単糸環縫い根巻きボタン付けミシン「AMB-289」三台がフル稼働で活躍しています。石川清悦常務が導入理由や効果を次のように語ってくれました(カッコ内はJUKIカタログより)。
石川清悦常務
石川清悦常務
 従来の根巻きボタン付けミシンでは、例えば四つ穴ボタンでは四点に針が落ち、その四点の糸を縛っていました。素材が厚ければそれほど問題ではありませんが、婦人服はますます薄地化、ソフト化の傾向が進み、タフタ素材でコートを作るケースもあります。このため根巻きをすると生地を引っ張ってしまうという問題がありました。
 導入しているAMB-289は、四つ穴ボタンでも一点に針を打ちます(すくい位置を一カ所に集中して手縫い風の「V字縫い」に仕上げます)。このため生地が寄ってしまうこともなくなり、高品質な根巻きを実現することが出来ます。初めて見たとき、これは良いというのが率直な感想でした。
 当社はサンプルもラインの中で流しているため、サンプルの根巻きボタンも機械で付けていましたが、いちいち調整しているのが手間でした。それで手付けせざるを得ないケースもありましたが、手付けしていては量産時の問題が見えません。この機種は生産性も高く、その点の問題もクリアしてくれました。
 生産アイテムは重衣料ですから、ボタンをベタ付けするのは袖口くらいで、ほとんどが根巻き仕様です。しかし、ボタン一つとっても、取引先からの品質に対する要求はますます高まっています。ボタンが取れるというお客様からのクレームに対して敏感になっています。縫いの問題に比べてボタンが取れるというのは分かりやすい不良なんです。それだけにこの機種が活躍してくれています。
 当初一台導入したのですが、各ラインから要望があり、現在は三台が稼働しています。機械付けできないボタンも中にはありますが、よほど変形したボタンでない限りは対応できますし、極力機械付けにしています(AMB-289は一台のミシンで平ボタン・シャンクボタン・マーブルボタン・チカラボタン付けが行えます)。生産性が高いのもメリットです。
 縫製現場ではこの根巻きボタン付けミシンだけでなく、JUKIの電子鳩目穴かがりミシン、電子閂止めミシンも取り入れています。手内職のまとめ屋さんはどんどん減ってきています。そのために国内工場として、これからはまとめ作業を機械化し内製化していかなければなりません。

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